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SASのドライバーに対する企業の義務と支援
はじめに
運送業の会社で安全管理を行っている人は、従業員の健康と安全を守りつつ、適切な労務管理を行わなければなりません。このことは、会社の重要な責務とも言えます。
運転に関わる仕事で問題となる病気の一つに、睡眠時無呼吸症候群があります。この病気は、潜在患者数が多く、未診断の人が多いという特徴をもっています。国内だけではなく海外においても、睡眠時無呼吸症候群が原因と考えられる事故の事例が数多く報告されています。
出典:居眠り運転が増加!? – 睡眠時無呼吸なおそう.com
もし、企業が従業員の睡眠時無呼吸症候群への対応を適切に行っていなければ、従業員の健康だけでなく、社会への影響も深刻です。適切な対応を怠ることは、労働災害のリスクを高め、企業の社会的責任を問われる事態につながる懸念があります。
そこで、今回の記事では、睡眠時無呼吸症候群に関する基本情報から、法令順守の重要性、SAS検診の必要性、運転の可否判断に至るまで、安全運転管理者が理解しておくべき重要なポイントを詳しく解説します。運転手の健康管理と安全運転の両立は、企業の社会的責任を果たす上で、優先して取り組むべき課題です。
運転の仕事をしている従業員を抱えている企業の安全管理にのために、この記事の情報を役立てください。
会社の対応
睡眠時無呼吸症候群を発症しやすい傾向が存在しますが、年齢、性別、体型、眠気の有無だけで判断すると、見逃しが生じる可能性があります。さらに、この病気は本人が自覚していないことも多いため、注意が必要です。
国内で行われた裁判でも、本人が予期せず意識を失って事故になったというケースが報告されています。この事実から、従業員に対して、「自分は眠気がないから大丈夫です」ということが言えないことを理解してもらいましょう。
出典:馬塲 美年子 他; 睡眠時無呼吸症候群(SAS)による眠気に起因した自動車事故例の検討 本邦刑事判例における司法判断と予防対策について, 日本交通科学学会誌;13(2):18-29,2014
したがって、運転業務のある人は、基本的に運転者全員を対象にして、スクリーニング検査によるSASの早期発見をすることを勧めます。そして、検査の結果をもとに、治療につなげる取り組みを行いましょう。そうすることで、事故リスクを低下させることができます。
ただし、1回の検査だけで終わりではなく、3~5年おきに1回の定期検査を忘れないようにしましょう。なぜなら、体重の増減、加齢・更年期の影響、持病の変化などによって、睡眠時無呼吸症候群が発症することがあるからです。
出典:自動車運送事業者における睡眠時無呼吸症候群対策マニュアル ~SAS対策の必要性と活用~ – 国土交通省自動車局
睡眠時無呼吸症候群の対策の流れ
1. SASのスクリーニング検査
すべてのドライバーを対象としたSASスクリーニング検査を実施します。この検査は、SAS検診と呼ばれており、専門の検査機関に依頼し、従業員が自宅で簡単に行うことができるものです。睡眠時無呼吸症候群の簡易検査と呼ばれています。地域にあるクリニック、病院の睡眠外来において、対応してくれます。
スクリーニング検査の目的は、SASの疑いがある人を効率的に抽出し、精密検査につなげることです。実際には、スクリーニング検査では、問診や簡易な装置を用いて、SASの可能性を評価します。これにより、睡眠時無呼吸症候群のリスクが高い従業員を効率的に見つけることができます。
2. SASの精密検査
スクリーニング検査で「要精密検査」と判定された従業員に対して、会社は終夜睡眠ポリグラフ検査と呼ばれる精密検査を受けるよう指示します。もちろん、診察を受けることになります。スクリーニング検査では分からない睡眠の質を正確に評価することができるほか、簡易検査よりも精度が高いので診断と重症度の判定が正確です。
安全運転管理者、事業者は、従業員が円滑に精密検査を受けられるよう、睡眠の専門医療機関との連携を図り、必要な支援を提供することが求められます。
3. SASの治療とフォローアップ
精密検査で「治療が必要である」と診断された従業員に対しては、SAS治療の必要性について伝えます。
SASの治療法には、大きく分けて、マウスピース治療、CPAP治療、外科手術があります。それぞれのメリットとデメリットがありますが、中等症から重症の睡眠時無呼吸症候群の場合には、CPAP治療を行います。具体的には、無呼吸低呼吸指数(AHI)が20以上であることが保険適用の条件になっています。
CPAP治療が開始されてから、毎月1回の定期受診が必要になります。外来では、さきほどのAHIの数値が基準値範囲内になっているか、眠気がないかなどが確認されます。もちろん、CPAP機器の使用状況についてもモニタリングされます。
一方、マウスピースが選択される場合には、歯科への紹介状を書いてもらいます。そして、自分の顎にあったマウスピースを作成してもらいます。外科手術の場合には、耳鼻科で上気道の閉塞部位に対する手術が行われてます。
いずれにせよ、睡眠時無呼吸症候群の治療が開始されてから、終夜睡眠ポリグラフ検査を受けて治療効果の判定を受けます。なぜなら、治療効果が客観的に問題ないかを確認する必要があるからです。
会社の対応として、CPAP治療の場合には本人が継続して通院しているかを管理していきましょう。会社によっては、毎月のCPAP治療のデータ提出を義務づけているところもあります。定期的な面談をして、眠気が問題ないかも記録に残しておくと良いでしょう。
診断書について
睡眠時無呼吸症候群が診断されて、適切に治療を受けているという医学的な証明について、担当医に診断書を書いてもらいましょう。医師の診断書には、治療が継続されており眠気がないこと、そして、終夜睡眠ポリグラフ検査によって治療効果が確認されていることが明記されます。
診断書の作成に際して、運転適性をより正確に判定するため、覚醒維持検査が実施されることがあります。この検査は、日中に覚醒状態を維持できるかどうかを客観的に評価するものです。
睡眠時無呼吸症候群の未治療運転手への対応
事業者、産業医、運転安全管理者は、睡眠時無呼吸症候群と診断された未治療の運転手と面談し、安全運転のために治療を受けることの重要性について話し合いを行う必要があります。
以下の内容を運転手本人に理解してもらい、健康管理と安全運転の観点から、睡眠時無呼吸症候群の治療を優先してもらうよう認識してもらうことが大切です。
未治療のまま事故を起こした場合、事故の内容によっては刑事責任を問われ、罰金や懲役などの重い処分を受ける可能性があります。また、事故で他人に怪我を負わせたり、物的損害を与えたりした場合は、高額な損害賠償の支払いが求められることもあります。
出典:自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律 – eGoV
さらに、重症の睡眠時無呼吸症候群であることを認識しながら治療を受けずに交通事故を起こせば、運転免許の取り消しにつながる可能性もあります。
運転の業務を続けている人にとって、免許の取り消しは仕事を失うことを意味します。加えて、社会的信用の失墜は、個人の生活だけでなく、所属する会社の評判にも大きな影響を及ぼします。
これらの深刻な結果にならないためにも、睡眠時無呼吸症候群と診断された運転手は、速やかに適切な治療を開始すべきです。そのために、事業者は通院ができるような体制を整えましょう。