- ホーム
- ナルコレプシー治療薬のピトリサントはどんな薬なの?
ナルコレプシー治療薬のピトリサントはどんな薬なの?
はじめに
- 「モダフィニルを飲んでいるけれど、午後からまた眠くなってしまう」
- 「自分の症状はもうこれ以上良くならないのだろうか」
- 「副作用があるから他の薬はないのかな」
ナルコレプシーと診断されて、眠気の治療を続けている方の中には、こうした思いを抱えている方が少なくありません。私の外来でも、「従来の薬では眠気のコントロールが不十分なので辛い」という患者さんの悩みを聞くことがあります。

今回は、欧米ではすでに広く使われているナルコレプシー治療薬「ピトリサント:米国商品名 WAKIX)」を取り上げます。
ナルコレプシーの眠気の悩みに用いられる薬ですが、その特徴、効果、副作用、そして日本における開発状況を、海外の公式情報、臨床試験、研究報告をもとに整理してお伝えします。
ピトリサントはどんな薬か?
ピトリサントは、ヒスタミンH3受容体拮抗薬/逆作動薬という新しいカテゴリーに属する薬剤です。
米国では2019年8月に成人のナルコレプシーによる日中の過度の眠気への治療、2020年10月にカタプレキシーに対する適応が、FDAによって承認されています。さらに、2024年6月には小児(6歳以上)の日中の過眠症に対して、適応が拡大さています。
これまでに開発されてきたナルコレプシー治療薬の多くは、脳を直接刺激するという発想で作られてきました。モダフィニルやメチルフェニデートなどの中枢神経刺激薬です。これに対して、ピトリサントは脳が本来もっている「ヒスタミン神経系のシステム」を活発にするという、まったく異なるメカニズムによる薬です。

出典:FDA approves Wakix for cataplexy in pediatric narcolepsy – AASM
脳内ヒスタミンと覚醒の関係について
ヒスタミンというと、花粉症やじんましんの「アレルギー物質」のイメージが強いかもしれません。しかし、脳の中のヒスタミンは、日中に私たちの目を覚ましている状態を保つために神経伝達物質として働いています。

出典:亀井 千晃; ヒスタミン並びに関連化合物の中枢神経機能に対する効果, YAKUGAKU ZASSHI;141(1):93-110,2021
ナルコレプシーでは、覚醒を維持するオレキシンという神経伝達物質が不足しているか、あるいは、その神経系の機能が低下しており、それと連動するヒスタミン系も十分に働きにくい状態にあると考えられています。
ピトリサントの薬理作用と効果
ヒスタミンを放出する神経細胞には、自分自身の活動を調整するための「ブレーキ」が備わっています。それがH3自己受容体の存在です。
ヒスタミン神経細胞が放出したヒスタミンはH3自己受容体に結合し、「もう十分ヒスタミンを放出したからストップ」というネガティブフィードバックをかけます。これが自己抑制と呼ばれる仕組みです。ピトリサントはこのH3受容体に結合してブレーキを外す働きをします。その結果、脳内のヒスタミン濃度が高まり、覚醒が促されます。
ここまでは比較的簡単に理解できるのですが、実は、ピトリサントには、もう一つ注目すべき薬理作用があります。
H3受容体は、活性型と非活性型が絶えず切り替わっていて(平衡状態)、活性型の状態ではヒスタミンによる刺激がなくてもシグナルが伝達されています(恒常活性)。簡単に言えば、常にブレーキが軽くかかっているイメージです。ピトリサントは、平衡を非活性型側にシフトさせる(非活性型を高める)ことで、このブレーキを解除し、ヒスタミンの放出を高めるのです。この作用は逆作動薬(inverse agonist)と呼ばれます。
これまでの作用機序をまとめると、ピトリサントは2系統のヒスタミン抑制の仕組みを同時に解除することで、ヒスタミンの放出を高めて覚醒を促します。
どんな効果があるのか?
日中の過度の眠気への効果
成人を対象とした2つの臨床試験(患者数:159人)で、エプワース眠気尺度(ESS)を用いて評価されました。試験開始時には大半の患者さんがESSスコア16以上、つまり読書中・テレビ視聴中・人と話している最中にも居眠りしてしまう重度の日中の眠気を抱えていました。
8週間の試験終了時、ピトリサント群ではプラセボ群と比較してESSスコアが有意に改善しました。これは「日常生活で居眠りしてしまう機会が、薬を飲まない場合と比べて意味のある程度に減った」ことを意味しています。
カタプレキシー(情動脱力発作)への効果
カタプレキシーに対しては成人154人を対象とした2つの試験で評価されました。試験開始時、患者さんは平均で週に約8回のカタプレキシーを経験していました(感情の変化によって膝が崩れる、手の力が抜ける、といった症状を含む)。7週間または8週間の試験終了時、ピトリサント群ではプラセボ群と比較してカタプレキシーの回数が有意に減少しました。
出典:Wakix Clinical trials – Harmony Biosciences
効果の発現までに時間がかかる
人によって、効き目があると感じるまでの時間に差があります。外来で薬の効果と副作用を注意深くみながら適切な用量を調節していきます。最大8週間くらいかかる場合があります。通常、少量から始め、毎週増量しながら適切な服薬量を見つけていきます。
出典:Wakix (pitolisant) tablets – FDA
どんな副作用があるか?
成人の臨床試験で報告された主な副作用は、不眠、吐き気、不安などです。

出典:Wakix Dosing & Drug Interactions – Harmony Biosciences Medical Information
ピトリサントは、これまでの治療と何が違うのですか?
ナルコレプシーの日中の眠気に対して日本で広く使われているのが、モダフィニル(商品名:モディオダール)とメチルフェニデート(商品名:リタリン)などです。
これらは長年、外来で使用されてきた中枢神経刺激薬ですが、ピトリサントとは「薬の発想そのもの」が大きく異なります。詳しいメカニズムを簡単に見ていきましょう。
| 薬剤名 | 特徴 |
|---|---|
| メチルフェニデート | ドパミン・ノルアドレナリンを強く増やして、覚醒を促す。脳全体に強い刺激信号を送り込むイメージです。効果は強力で即効性がある一方、依存のリスクがあります。 |
| モダフィニル | 正確な作用機序は完全には解明されていませんが、覚醒に関わる物質:ドパミン、ノルアドレナリン、ヒスタミンなどを穏やかに調整すると考えられています。 |
| ピトリサント | 脳が本来もっている覚醒システムのブレーキを外し(H3自己受容体)、ヒスタミン放出を活発化させて覚醒に導きます。カタプレキシーにも効果が確認されています。 |
2026年3月に厚生労働省に承認申請が行われたオベポレクストンは、オレキシン2受容体拮抗薬です。上記の3剤とは異なり、オレキシン神経系を高める作用があります。日本では、ナルコレプシータイプ1に対する治療薬の候補として、注目されています。
国内で使えるのか?
ピトリサントは2026年5月時点で日本では未承認の薬剤です。日本国内では、まだピトリサントを処方できません。ただし国内承認申請を準備している段階です。近い将来、日本でも選択肢として加わる可能性あります。さらなる情報は、開発元の Viatrisのプレスリリースを待つ段階です。
まとめ
ピトリサントは脳内のヒスタミンを増やして覚醒を促す、新しい作用機序のナルコレプシー治療薬です。米国および欧州では承認済みで、日中の眠気とカタプレキシーの両方に効果が示されています。
日本では国内第3相試験で良好な結果が得られ、希少疾病用医薬品指定も取得しています。現在は承認申請に向けた準備段階です。承認時期は未定です(2026年5月時点)。


