- ホーム
- 完璧な睡眠へのこだわりが不眠を引き起こす問題
完璧な睡眠へのこだわりが不眠を引き起こす問題
はじめに:オルソソムニアという睡眠の現代病
2010年代後半からスマートフォンが急速に普及し、今や私たちの生活に欠かせない存在となりました。技術の進歩により日常が便利になる中で、睡眠アプリも次々と開発され、誰でも簡単に「眠りの質」を数値化できるようになりました。スマートウォッチや専用アプリを活用し、毎日の睡眠を記録・管理する人も増えています。
その一方で、睡眠アプリに表示された眠りの関するスコアに一喜一憂し、「数値が低い=自分は眠れていないのではないか」と不安を感じる人も少なくありません。実際には十分な睡眠をとっていても、そして、日常生活に支障がないにもかかわらず、「眠れた気がしない」と不安になるケースもあります
私の睡眠外来でも、スマホアプリあるいは腕時計型の睡眠トラッカーのデータを見せてくれる患者が増えている印象です。
こうした睡眠アプリ、睡眠トラッカーなどの新しいヘルスケア関連のテクノロジー依存による新たな睡眠障害、「オルソソムニア」が注目を集めています。
オルソソムニアとはどういう意味なのか?
オルソソムニアという言葉は、ギリシャ語とラテン語由来で「ortho=正しい/まっすぐな」と「somnia=睡眠」を組み合わせた造語です。「正しい眠り」に強くこだわるあまり、逆に不眠を招いてしまう状況を指します。

この概念は2017年に、米国の睡眠医学専門誌において、睡眠トラッカーを使用する3例の患者を対象にした症例報告によって提唱されました。
医学的には、正式な診断基準をもつ睡眠障害としては認められていませんが、昨今のヘルスケアの進歩、睡眠モニタリングの普及によって生まれた睡眠の問題として捉えられています。
基本的には、眠りの質の数値が絶対的なものと信じて行動することで、逆に睡眠が悪化してしまう状態を意味しています。
音声はこちらからお聴き頂けます↓
どのくらいの人がオルソソムニアになっているか?
海外で行われた研究では、オルソソムニアと考えられる人の割合は、条件によって約3〜14%とされました。年齢や性別には関係ないことも判明しました。つまり、睡眠トラッカーが普及した現代では、「自分だけの問題ではない」と言えるかもしれません。
原因について
睡眠アプリと睡眠トラッカーの普及によって、「自分の睡眠を記録し、改善すべき指標とする」という意識が広がっています。そして、毎日の睡眠を管理すべき対象として捉える人が増えました。
ただし、睡眠トラッカーから算出されるデータは、必ずしも脳波および生理的指標から解析されたものではなく、運動量、心拍変動、体動などを元に推定したものが多く、誤差や限界もあります。

しかし、いつも身近にあるスマホの睡眠アプリ、睡眠ガシェットによるデータが正しいという思い込みをしやすい背景があります。睡眠に関する数値が思うように出ない夜には「自分は眠れていない」「睡眠の質が落ちている」と感じてしまいます。
その結果、不安や焦りが交感神経を刺激し、寝つきが悪くなったり、途中で目が覚めたり、不眠を引き起こします。つまり、睡眠を気にしすぎることが、かえって睡眠を妨げるという逆転現象です。

睡眠アプリの成績を良くしようとして、無理に睡眠時間を延ばす行為(長時間ベッドに横になる、寝る前にスマホでデータ確認する)は、睡眠のリズムを乱し、結果的に睡眠効率を低下させる可能性もあります。
睡眠トラッカーという便利なツールが、過度な期待、焦り、自己管理の志向という構造と結びつくことで、適切な睡眠時間と質の良い眠りを自ら難しくしてしまうという点が、オルソソムニアの発生に関わっています。
診断の方法について
オルソソムニアは、国際的に認められた診断基準がある「正式な睡眠障害」ではありません。そのため、診断には睡眠専門医による睡眠の評価や患者の睡眠行動、「眠りへの捉え方」などのヒアリングが大切です。

オルソソムニアの可能性を判断するための参考基準を紹介します。
- 睡眠トラッカーを使用している
- 睡眠の数値に強いこだわりがある
- 眠りに関する不安がある
セルフチェック
「自分でオルソソムニアかもしれない」と思ったときのチェックリストです。心当たりのある症状はありませんか?
- 睡眠アプリの数値を毎日チェックする
- 数値が悪いと気になって仕方がない
- ベッドで横になっている時間が長すぎる
- 睡眠アプリの数値と自分の体感のギャップがある
医師の意見や自分の睡眠感覚よりも、睡眠トラッカーのデータを信じる傾向があります。
出典:Your Quest for Perfect Sleep Is Keeping You Awake – TIME
オルソソムニアの対処法
オルソソムニアの改善には、まず「数値を完璧にしなければ眠れない、良くない」という思い込みを是正することが重要です。心理的な介入の1つとして、認知行動療法(CBT‑I: cognitive behavioral therapy for insomnia)があります。
CBT‑Iでは、睡眠に対する過度のプレッシャーや誤った思考パターンを修正し、睡眠の環境、習慣、行動を整えることを目的とします。
睡眠トラッカー、睡眠アプリとの付き合い方を見直すことも対策の一つです。具体的には、睡眠トラッカーを一時的に停止してベッドでの滞在時間を規定し直したり、寝る前のスマホ操作を制限したり、自分の感じ方(目覚めたときにすっきりしていたか)を重視する習慣をつけていくことが大切です。
さらに、睡眠衛生(睡眠環境の暗さ・静かさ・就寝・起床のルーティン)を整える、リラクゼーション(深呼吸・瞑想・軽いストレッチ)を始めることを勧めます。夜間のカフェイン、アルコールを控えることもお忘れなく。
スマホを操作している時間を短くする、ブルーライトをカットするなど、基本的な対策も実践することで、睡眠の数値から解放され、本来の眠りを取り戻しやすくなります。
自分の睡眠で「何が問題なのか」に気づくことが大切です。眠れていないのか、眠っても疲れが取れないのか。その原因によって対処法は変わります。また、レム睡眠の時間など細かい数値にとらわれすぎる必要はありません。大事なのは、あなた自身の体感です。
出典:Sleep perfectionists: the exhausting rise of orthosomnia – The Guardian
本当に自分の睡眠の質がどうなっているか調べたい、睡眠の病気があるかを調べたいときは、終夜睡眠ポリグラフ検査について検討します。心配なら医師に相談しましょう。


