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睡眠障害に対する認知行動療法が分かります
はじめに:なぜ認知行動療法が注目されるのか

忙しい世の中になって、睡眠障害は多くの人々が抱えやすい問題となっています。その中でも、不眠症は、働く世代や高齢者を中心に増えている傾向があります。国民病と言っても良いくらいかもしれません。
ぐっすり眠れないことが続くと、生活の質が低下します。そのとき、市販の睡眠改善薬に頼ったり、眠れないから睡眠薬を処方してもらったり、何かと薬による治療にすがりたいという気持ちがあるかもしれません。
しかし、根本的に睡眠を見直すために、認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia:CBT-I)という、睡眠薬を使わない不眠症の治療法が注目されています。
CBT-Iは、不眠に特化した認知行動療法であり、心理的要因(思考や信念)と行動的要因(睡眠に関わる生活習慣など)に働きかけることによって、眠りを改善していく治療法です。これは、単に眠るための習慣を変えるのではなく、不眠を引き起こす「考え方の歪み」や「不適切な行動」を見直していくところが特徴です。
不眠症とは

不眠とは、寝つきが悪い(入眠困難)、夜中に目が覚める(中途覚醒)、朝早く起きてしまう(早朝覚醒)そして、ぐっすり眠れない(熟眠感の欠如)といった症状です。そして、これらの睡眠のトラブルが日中に影響(疲労感、集中力低下、気分の落ち込みなど)して、生活に支障をきたすと、不眠症と呼びます。つまり、眠れない問題および日中に起きる不具合がセットになったものと言えます。
出典:Adult Insomnia – The Society of Behavioral Sleep Medicine
認知行動療法とは何か?

認知行動療法は、環境(人間関係や生活環境)の中で生じる問題について、思考(認知)と行動に働きかけることで、感情や症状を改善していく心理療法です。うつ病や不安障害の治療で広く用いられてきたものです。
その理論と技術を睡眠の問題に応用したのが、「不眠症に対する認知行動療法」です。英語圏では、CBT-I(Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia)と呼ばれています。
CBT-Iでは、睡眠障害を「思考・感情・行動の悪循環」と捉えます。具体的には、次のようなものです。
- 「また眠れなかったらどうしよう」という不安な思考
- 不眠に伴う緊張・焦りといった感情
- 長すぎる昼寝や長時間のベッド臥床などの不適切な行動
これらの要因があると睡眠障害を長引かせるので、認知行動療法によって修正していきます。
出典:岡島 義; CBT‒I の理論と実践, Jpn J Psychosom Med;58:616-621, 2018
不眠に対してCBT-Iが有効な理由
CBT-Iが不眠症に対して高い効果を持つことは、世界中の研究によって裏付けられています。米国睡眠学会(AASM)はCBT-Iを「慢性不眠症の第一選択治療」として推奨しています。
さまざまなエビデンスがあること、そして、睡眠薬とは異なり、習慣や考え方を変える治療であるため、治療後も効果が続きやすいことが特徴です。薬を使わない治療なので、眠気、ふらつき。依存などの副作用の心配がないこともメリットと言えます。
ところで、世界中で行われた241の臨床試験(31,452名)を解析した研究により、睡眠の認知行動療法(CBT-I)の技法の組み合わせとして、効果的な方法が明らかになりました。
認知再構成(思い込みや不安の修正)、睡眠制限法(眠れる時間だけベッドにいる)、刺激統制法(ベッドを“眠るためだけの場所”にする)、マインドフルネス(今この瞬間に意識を向ける練習)を組み合わせ、対面で治療を受けると、効果が高いことが判明しました。
一方、この研究では、「睡眠衛生指導」や「リラクゼーション法」だけでは、睡眠を大きく改善する効果は乏しいことも明らかになりました。その理由として、これらの方法は、正しい睡眠習慣を身につけたり、眠る準備を整えるための補助的な位置づけであること、そして、眠れないという深い悩みの背景にある思考の癖や睡眠リズムの乱れに、直接働きかける力が弱い可能性があります。
上記のようなエビデンスが発表されましたが、誤解しないでほしいのは、睡眠衛生指導について「やる意味がない」ということではありません。睡眠の認知行動療法の一部として、他の技法と一緒に使えば、役立つものと考えられます。そして、眠りを良くしようとする場合、睡眠衛生の徹底が重要であることに間違いありません。
どんな方法で構成されているのか?
CBT-Iは複数の技法があり、医師、臨床心理士の指導のもとで行われます。
方法 | 具体的な内容 |
---|---|
睡眠認知の修正 | 「必ず、8時間眠らなければならない」「眠れないと翌日が困る」といった睡眠に関する思い込みを、医療従事者との対話を通じて、柔軟な考え方に修正します。 |
睡眠制限法 | ベッドにいる時間を実際に眠れている時間に制限します。例えば5時間しか眠れていない場合、ベッドにいる時間を6時間程度に設定し、睡眠効率を向上させます。 |
刺激統制法 | 「ベッド=眠る場所」という自然な条件づけを強化します。眠くなるまでベッドに入らず、20分以内に眠れなければ一度起きて別の部屋で過ごします。 |
睡眠衛生の教育 | 眠りの妨げになっていることを見つけ出し、同時に、眠りを深くするためのコツを学び、良い眠りになるための生活習慣、環境の改善を促していきます。 |
リラクゼーション法 | 筋弛緩法や深呼吸法、ガイド付きイメージ法などを用いて、寝る前の体と心の緊張や不安を和らげ、リラックス状態に導いて自然な眠気を促します。 |
これらの技法と合わせて、睡眠日誌を記録して、自分の睡眠時間とパターンを客観的に理解します。実際に良い眠りへの改善を可視化することで、状況について納得できるようになります。
出典:Cognitive Behavioral Therapy – AASM
標準的な治療スケジュールとは

項目 | 具体的な内容 |
---|---|
治療期間 | 4~6回のセッション(2~3ヶ月) |
セッションの間隔 | 2週間に1回 |
1回の時間 | 30~60分 |
セッションの間にある2週間で、学んだ技法を自宅において実際に試し、睡眠パターンの変化を観察します。
治療の進め方

CBT-Iの治療は一般的に約2〜3ヶ月間で計4〜6回の外来通院により進められますが、施設によって回数や期間は異なります。
第1回目では、医師が睡眠の悩みを詳しく聞き取り、あなたに合った治療プランを立てます。このときから睡眠日誌をつけ始めて、普段の睡眠パターンを記録していただきます。
第2回から第3回にかけては、2週間ごとに通院し、睡眠日誌を見ながら具体的な改善方法を段階的に考えていきます。無理のない改善を目指し、「ベッドにいる時間を短くする」「眠れない時はベッドから出る」「睡眠への思い込みを見直す」といった技法を実際に実践し、その効果を確認しながら調整していきます。
最終回となる第4回では、これまでに身につけた良い睡眠習慣を続けるコツや、再び眠れなくなった時の対処法を確認します。セッション終了後も良い眠りが続くようにサポートします。
治療対象となる方
CBT-Iが効果を発揮するのは、慢性不眠症でお悩みの方です。具体的には、3ヶ月以上にわたって「寝つきが悪い」「夜中に目が覚める」「朝早く起きてしまう」といった症状が続いている方です。
睡眠薬を使いたくない方や、できるだけ自然な方法で睡眠を改善したいとお考えの方です。また、睡眠薬を服用しているが十分な効果が得られない方、現在飲んでいる睡眠薬を減薬または中止したいと考えている方にも適しています。
海外では、睡眠時無呼吸症候群でCPAP治療を継続している場合で、同治療に慣れない場合にも応用されています。
出典:Behavioral Sleep Therapy Conditions Treated – Stanford Health Care
注意が必要な場合
CBT-Iは不眠症に効果がある治療法ですが、睡眠時無呼吸症候群、むずむず脚症候群、ナルコレプシー、急性期の精神疾患(うつ病、統合失調症など)にともなう不眠症がある場合は、まず、それらの治療を行いましょう。そして、症状が安定してからCBT-Iを併用することを勧めます。
忙しい人のためのCBT-Iを統合した睡眠治療

現代社会では、仕事や家事、育児などで忙しく、なかなか専門的な治療プログラムに時間を割けない方が多くいらっしゃいます。
「不眠を根本的に治したいけれど、何回も通院する時間がない」「薬に頼りたくないが、専門的なプログラムは時間的に負担が大きい」などの悩みをお持ちの方のために、阪野クリニックでは新しいアプローチを導入しています。
忙しい方でも無理なく睡眠改善に取り組めるよう、通常の診療の中にCBT-I(睡眠の認知行動療法)のエッセンスを組み入れています。